登攀チーム ひも野郎

傾山二つ坊主南壁を登るために集まった変わり者たちの記録

傾山 二ツ坊主南壁登攀 後半戦の記録  ~第8話 トップアウト~

第8話 トップアウト

偵察とアプローチ工作 2023年3月15日 メンバー 片山

九州の短い冬は終わり、温かい日が続いている。相変わらず忙しく冬の間は、ろくにレーニングもできなかった。準備不足は否めないが、そろそろ動かねば時間ばかりが過ぎてしまう。橋本、折口両名のやる気にも触発され「もう行ってしまおう!」と心を決める。3月20日21日に2日がかりで強行しようと二人へ打診した。しかし上部岩壁へは、長い坊主尾根を越えて、ブッシュ帯のルンゼを下降しなければならない。軽く4時間近くかかるロングすぎるアプローチなのだ。下手すると取り付きにつくだけで終わってしまいかねない。できるだけ登攀に時間をさけるようにと思案を巡らせた。

雪はすっかりなくなった坊主尾根

その間、燃える橋本が事前に2度も歩荷し、ロープとビール6缶を荷揚げしてくれた。これに答えねばと、15日私も二つ坊主へと向かった。目的は、偵察と荷揚げ、そして前回詰めあがったブッシュ帯をスムーズに降りられるよう、フィックスロープを張りに行くこと。40mと80m、合計120mのロープとボルト12本その他もろもろを担いで、坊主尾根の急登を登る。冬の間まともに動けなかった足に少々堪えた。

 

坊主尾根のコルから、前回詰めあがったブッシュ帯のガリーを下る。改めて上から見るとブッシュ帯とは言え、傾斜はなかなかのもの。登るはいいが、下るにはロープがないとかなり危なっかしい。まず担いできた40mロープを適当な木に括り付け、フィックスを張りつつ、前回の岩屋を目指した。ちょうど岩屋の上で40mいっぱいになったので、80mに切り替え、更に下る。

40mに80mを連結して上部岩壁基部を探る / 懐かしのカプセルホテル

改めてみるとこの岩屋、なかなか良い寝床だ。そこから80mロープが届く範囲で上部岩壁を探る。あっちこっち探ってみたが、予想よりブッシュが濃く、ピークへ向かう想定ラインはかなり長時間の木登りクライミングを強いられそうであった。また、ピーク方面の岩は脆そうで、あまり登攀意欲が湧かない。結果、岩屋の上の岩壁が一番すっきりしていて、気持ちよさそうに感じた。改めてみると、クラックは無いが、灌木をうまくつないで、ハングを避けつつ登れば何とかなりそうだ。ラインは決まった。

いろいろ探るがどこもブッシュが濃い

 結果、フィックスは40mで足り、80mロープはいらなくなったので、再度担ぎおろす。なまった体にちょうど良いリハビリである。

トップアウト後の乾杯用に橋本が荷揚げしたビール六缶とロープとガチャを隠す

 

登攀第7日目 2023年3月20日 メンバー 片山/折口/橋本

アタック予定日が近づくにつれ、天気予報が下り坂。3日前までは21日夜から雨の予報であったが、2日前の天気予報では、21日は昼から雨予報に変わっていた。この分だと21日の登攀は絶望的である。らしくなってきたではないか!「傾はいつだって雨」そんなキャッチフレーズが頭に浮かぶ。そこで前日、急遽予定を変更し、20日の出発を早める。20日中に限界まで登り、ビバークし21日は下山のみの行程とした。

 

20日03:00折口をピックアップ。03:30戸次で橋本と合流し、一路九折登山口へと向かう。05:30登攀具とビバーク装備、ドリルセットを担ぎ満点の星空の元坊主尾根へ向け歩き出す。事前の荷揚げのおかげで、荷物は今までで一番軽い。と言っても各15~20㎏弱はあるだろう。気温は0度前後。歩く分にはちょうど良い。

暗闇の中重荷を担いで歩き始める / 雲が出る前にと先を急ぐ

ヘッテンを頼りに急登をせっせと登り、気持ちのいい三尾の稜線で朝日を浴びる。装備をデポした岩屋に到着したのは08:30。今度はビバーク装備を岩屋に隠し、登攀装備で、上部岩壁取り付きへ向かう。事前にアプローチ工作をしたのが功を奏し、9時過ぎには予定の取り付き地点に到達した。改めてみ上げると、傾斜は相変わらず強いが、灌木をつないでいけば何とかなりそうだ。問題は脆そうな岩質。浮石には十分な注意が必要だろう。

 

久々の登攀を前に心地よい緊張感に包まれる。手順を確認し、09:30登攀を開始した。まずは脆そうな凹角から立派な松の木が生えた6~7m上のレッジを目指す。難しくないが、浮石が多く、プロテクションが取れないので気持ち悪い。レッジに登りあがる直前の小枝に申し訳程度にスリングを巻き、ランナーをとったが、これは半分冗談のつもり。慎重にレッジへ上がり込み、上のラインを探る。右はブッシュがうるさく、登攀には向かない。左のカンテはすっきりしているが、逆層でハングが厳しい。そこで、ブッシュの際を左上し、ハング下を細かいスタンスをつないで、カンテ側へトラバースし、左上のレッジへ出ることにした。このトラバースは一癖あって面白い。

ポッキーみたいな小枝にランナーをとる / ブッシュが少々うるさいが壁は立っている

レッジへ出ると視界が開ける。高度感はなかなかのものだ。そこから10m程、ところどころに生える細い灌木をつなぐが、どれも抜けそうで頼りない。何とかテラスへ出るも屈曲したロープが異常に重い。左奥の立木を終了点にピッチを切った。灌木のおかげでボルトを打つ必要もなく、登ってこれたが、少々ブッシュがうるさかったため、折口に左よりのすっきりしたラインに3つボルトを設置し、ラインを整えてもらった。

ボロい壁と弱い灌木でなかなか渋い / ラインを整える折口

それにしてもこの壁からの景色はやはり格別だ。テラスの足元はすっぱりと切れ落ち、スタート地点の二つ坊主沢が見え、傾山から古祖母に延びる稜線も少し下に見える。人工物は一つも見えず、折り重なる深い山々に囲まれた景色は、秘境のクライミングを感じさせ、たまらない。

からしか見られないこの景色に惚れる

 

テラスから先、壁は小さくなりいよいよ大詰めといった感じになる。カンテを左に回り込めば、灌木帯にでて、それを詰めて終了でも良いが、せっかくなので壁の続く限りは壁をのぼろうと思う。

いよいよ壁は小さく…

カンテを乗り越すとブッシュ帯という、少々シュールな状況ではあるが、木登りよりはいいだろう。壁が無くなるまでカンテ沿いに登り、灌木帯に入る。これで終わりかと思ったら、最後に10mくらいのボルダーの様な壁が出てきた。一旦ピッチを切って二人を迎える。これも無理して登るほどもないのだが、時間もあるし、最後は「まっすぐ突っ切って終了にしようぜ!」ということで意見が一致し、折口が最後のボロ壁に突っ込む。

最後のボロ壁へ突っ込むバースデー折口

そういえばこの男、今日が誕生日で29歳になったらしい。貴重な20代最後の誕生日をこんなボロ壁で過ごしていていいのか?と思わないでもない。「以外と悪い!」と何度も口にしたセリフをうれしそうにこぼしつつ、あっという間に登り切りビレイ解除。橋本が2番手で登り、最後に私が追いかける。ボロ壁の先で折口と橋本が笑顔で迎えてくれる。足元はもう坊主尾根の縦走路だった。

 

余談だが、この後待っていたかのように雨が降り出した。雨に始まり、雨に終わる。もはやこれも予定されていた物語なのだろう。雨の中、朝の荷物にビール6缶と登攀フル装備をつけ加え、倍近くになった装備を肩に食い込ませながら、軽快に坊主尾根を駆け降りた。

 

荷物は重いが足取りは軽い

2021年1月の偵察から2年と2カ月。グランドアップによる開拓登攀は終わったが、僕たちの冒険はまだまだ終わらない。ワンプッシュ、フリー化のトライが残っている。歩荷の日々はもう少し続く。

 

・・・第9話 「カモシカと交換日記」へつづく....

 

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