登攀チーム ひも野郎

傾山二つ坊主南壁を登るために集まった変わり者たちの記録

傾山 二ツ坊主南壁登攀 前半戦の記録  ~第4話 ロングフォール~

第4話 ロングフォール

登攀第3日目 2022年7月24日 メンバー 片山/橋本

ようやくこの日がやってきた。コロナやら雨やらで前回の5月8日から2.5か月も過ぎてしまった。梅雨は開けたがすっきりしない天気予報がつづく中、この日の予報は晴れ/曇り。降水確率は10%。あの続きをようやく見られると思うと心が躍る。

 

前日は九折登山口に夜移動。早朝から久しぶりに例のアプローチを歩き始める。前回80mロープとボルトハーケン類を残置してきたので、荷物は随分軽い。

 

はずなのだが、

2.5か月まともに動けていなかった体にはドリルとガチャだけでもズシリとくる。今回は観音滝ルートから林道へ向かった。やはりこちらのほうが幾分か早い気がする。林道へ出て山手本谷との出会いへ向けて歩き始めるとすぐ、見慣れないワイヤーと侵入禁止の看板がある。何だろう?梅雨の雨で激しく崩落でもしたのだろうか。

 

しばらくしてまず橋本が異変に気付く。

 

「林道綺麗になってないですか?」

 

「んっ??」

 

ホントだ!!

前回崩落の瓦礫で埋もれていた場所も綺麗さっぱり片付けられ、地面はしっかり固められている。さらに驚いたのは山手本谷出合いの橋手前。以前はボロボロで歩くのもてこずるほどの廃道だったところがかっちりセメントで固められ、ピカピカの道路になっているではないか!?

 

空いた口がふさがらないとはこのことだ。

 

嬉しい反面、車でここまで来られたらもはや辺境とは言えないレベルに壁が近くなる。おまけに前回我々がアプローチを整備したもんだから、これはもう総合グレードの低下はまぬがれないか?(笑)

 

ピカピカに舗装された林道

 

しかしご安心。林道は登山口のところまでで封鎖されており、綺麗になったが、車で侵入することはできない。短縮は20分程、大勢には影響は少ない。それにしても前回のアプローチ整備は功を奏している。時間こそさほど変わらないが、格段にわかりやすく、歩きやすくなっていてストレスが少ない。3時間のアプローチも随分近く感じた。

 

準備を済ませ9時頃、早速前回設置したフィックスのユマールを始める。2.5か月放置されたロープをユマールするのは結構怖い。念のため、下からビレイしてもらい、ところどころプロテクションを取りながらユマールした。とはいえ、前半はナッツやカムでは全くプロテクションは取れない。改めてリスを探してみるが、ない。よくこんなところをボルト無しで登ったものだと前回の自分をほめてやりたい。

 

フィックスロープの痛みは思った程なく。無事終了点に到着。レッジは梅雨の雨と夏の日差しでブッシュが少々濃くなっている。レッジに橋本を迎えたらギアを整理し早速2ピッチ目にかかる。前回折口が設置したボルトまで左にトラバースし、ラインを探る。

 

登高会ルートは右の厳しいコーナーを人工交じりで抜けているので、このピッチは恐らく完全オリジナルと思われる。1ピッチ目より傾斜がきつく、ホールドも細かい。当初トラバースしてから右上し登高会ルートと合流するラインを想定していたのだが、右上ラインには細かいホールドはあるが、まったくリスがなくプロテクションは絶望的。さらに、右のコーナーは下から見るより悪い。恐らく確実に5.11はあるだろう。

たとえコーナまで行けたとしても、確実にネイリングになると思われた。それはコンセプトに反する。

 

改めて壁を見渡し、弱点を探すと左上に絶妙な弱点があった。少々脆そうだが、ホールドは確実につながっている。プロテクションはハーケンなら多少は取れそうだ。直上した先は小ハングにぶち当たるが、そこも絶妙にホールドがありそうに見える。黒く見える筋がクラックならなおよい。

ラインは決まった。

 

意を決して垂直の大海原へ飛び出す。1,2メートル上がり、リスを探す。草を少しほじくると微妙な隙間が出てきた。ボールナッツ赤を申し訳程度にはめる。さらに数メートル登る。再びボールナッツ赤。先ほどより効いていそうだ。切り札のボールナッツが早くも残り2つ。

さらにロープを延ばす。ホールドは絶妙に続いているのだが、プロテクションが取れない。ナッツ、カムはもとより、ハーケンもまともに入らない。下のボルトから怪しいボールナッツを挟んで約6メートル程。リスはどれも浅くBDのバカブー#3が半分ちょっとしか入らない。しかもぐらついている。これは落ちられない。

 

少し登りリスを探す。

が、やはり無い。

 

これ以上のランナウトはさすがに恐ろしい。やむなくスカイフックにPASを掛け一旦休止。バックアップにペッカーを叩き込む。ボルトを打とうと一度は思ったが、思いとどまる。少し高い位置にあるガバを取れば上のリスに見える窪みに届く。そこまで行ってみよう。

 

まともなプロテクションはありません....

 

 

ペッカーをもう一度叩いて直接スリングを通しロープをクリップ。頼りなげなペッカーに勇気をもらい、思いきって上のガバ(のように見える物)に手を伸ばす。何とか届く。

深呼吸してフットホールドを見極め、体を上げる。体制が安定したところでリスを探す。一か所ハーケンが効きそうな浅いリスがある。すかさずナイフブレードをたたき込む。これも微妙だが一応アゴまで入った。

 

さらにロープを延ばす。10mは登っただろうか。今だ信頼できるプロテクションは無い。あと4m程でハング下の若干レッジのようになった所に届く。しかし、この4m、ホールドの向きが微妙に悪く滑る手で突っ込むのは恐ろしい。やむなく再びスカイフックで停止。

入りそうで入らないのです

 

 

辺りを探り浅そうなリスにモチヅキのハーケンをたたき込む。

「頼む奥まで入ってくれ!」

祈りが通じたか、甲高い音を上げ、モチヅキは根本までがっちり決まった。これで一安心だ。さて、ムーブを探ろうと上を見ると先ほどまで気づかなかった小さなポケット状の窪みがある。トーテム黄色がピッタリはまった。ここにきて信頼できるプロテクションが2つ。

 

わからないものだ。

 

おかげで、ムーブ的には核心と思われる4mを気持ちよく突破。ハング下のレストスペースに上がり込む。レッジというには大きなガバの上といった程度だが体制が安定。ちょっと短いが、ハング下で、2ピッチ目の終了点にしようかと、一息つく。といっても5m近くランナウトしている。

目の前に大きな窪みがあり期待していたのだが、カムを入れてみて絶望する。オープンブックとでも言おうか、外開きの窪みは、どのサイズのカムもナッツも決まらない。諦めて回りのリスに臨みを掛けるがペッカーすら入らない。

やむなくスカイフックをエッジにかけ体重を入れた。

 

瞬間、

 

エッジが見事に吹き飛んだ。

 

一瞬ふわぁっと浮いたように感じたと思ったら一気に10m近くフォール。目の前には最初のボルトがある。なんてこった。

 

幸いどこにもぶつからず、無傷。しかし、一時間近くかけて登った15,6メートルを1秒ほどで帰ってきてしまった。笑うしかない。橋本は心底肝を冷やしたことだろう。毎度毎度申し訳ない。それにしても、例の黄色トーテムががっちり効いてくれた。もしあのポケットがなかったら、下手すると最初のボルトを飛び越えてさらに10m落ちてたかもしれない。

 

本当に良かった。

 

気を取り直して登り返す。ハング下に戻り、今度はスカイフックを2つセット。片方はハンマーでたたき込み、念入りに荷重テスト。今度はしっかり効いているが、動き回ると外れそうだ。ハーケンを取りたく改めて周りを探るが、やはりペッカーもラーペも決らない。諦めて、慎重にドリルを引き上げ、ボルトを設置。短いが2ピッチ目の終了点とした。

 

長らく待たせたパートナーに登ってきてもらい。時計を見ると13:30。下山を考え今日はここまでとする。

       

     2ピッチ目をフォローする橋本

 

先の様子を探るとハング越しは問題なく行けそうだ。ハング上は少し傾斜が落ちている。よく見えないが、右上に向かって点々と草が生えたクラックのようなものもある。ここまでの様子からして、明瞭なクラックなど無いだろうが、おそらく弱点はある。

       

   ハングの上に...何かある?       

 

先のラインも見えて少しほっとしたら、しばし、新しい高さからの景色を楽しんだ。

足元は60m程切れ落ち、深い谷と深い森に囲まれたような景色。人気は全くない。見慣れた傾の風景とは思えない。どこか外国の秘境のようにも見える絶景。

山奥でのクライミングを全身で楽しんでいる自分がいる。たかだか20m程しか登っていないのになんという充実感だろう。精一杯山の英気を吸い込んだら、フィックスロープを設置して、疲れた体で揚々と下山した。

 

次は中央バンドでビバークして一気に登り切りたい。そう上手くいかないだろうとは思うが、もう楽しみで仕方ない。

傾は手強い。しかし素敵だ。

ともに登ってくれる仲間に感謝して今回は終了とする。

 

第5話 「Always rainy」へつづく...

 

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