登攀チーム ひも野郎

傾山二つ坊主南壁を登るために集まった変わり者たちの記録

傾山 二ツ坊主南壁登攀 後半戦の記録  ~第9話 カモシカと交換日記~

第9話 カモシカと交換日記 

ルート整備  2023年4月9日  メンバー 片山

 

グランドアップによる開拓が終わり、あとは全ピッチのフリー化とワンプッシュトライを残すのみとなった。しかしそうすんなりと終わらせてくれないのが二つ坊主南壁である。ここからがまた一苦労。

 

フリー化に向けてまず、エイド突破となってしまった3ピッチ目のクラックを掃除する必要がある。しかしそこに行くのが一筋縄ではない。下から行くには、当然1~3ピッチを再度登る必要があるのだが、掃除道具にドリルを担いで登れば、開拓同様に時間を食う。

核心のクラックは草まみれ

それより重大な問題は、4月に入ってから、仕事も育児も多忙を極め、メンバーとタイミングが合わないこと。一人であの壁を登る勇気はない。上から下降なら一人でもアプローチ可能だが、問題のピッチに到達するには、140mは懸垂する必要がある。しかもトラバースが多いので、下まですんなり懸垂で降りていけるか自信が無い。安全策でフィックスをつないでおきたいが、前回ルンゼに残置したロープを使っても、残り110m。それだけのロープと掃除道具を担いで坊主尾根を歩荷し懸垂。登り返して下山となると…。何とも効率が悪い。しかし、ボルトを打った以上、フリー化は義務だ。重い腰を上げ4月9日再び南壁へと舞い戻った。

 

重荷に喘ぎながら坊主尾根を登り、ブッシュと戦いながらフィックスを張り、問題の3ピッチ目まで下降。例の草が詰まったクラックをバールで掘り返してみる。一際大きな草の塊をはがすと、意外や意外。思いのほか深く良好なシンハンドが姿を現した。カムも十分決まる。

一見何も無さそうに見えるが / しっかり掘り返すと意外や意外

一通り掘り返しつつ、2ピッチ目終了点まで降下。今度はムーブを試しながら登り返す。グランドアップ時は絶望的に思えたこのピッチだが、掃除が終われば、なんてこともない。カム効きも良く、グレードはあっても10d~11aといったところ。開拓で設置したボルト数本は不要。次回撤去することとした。

クラック沿いのボルトは後日撤去した

自分の未熟さで不要なボルトを打ってしまったことに後悔を覚えた。もう少し粘って泥を掻き出すとか、草にイボイノシシをたたき込むとか、もっとできる手段があったのではないだろうか。グランドアップの難しさと、当時の自分にいかに余裕が無かったのかがわかる。あまりに未熟。しかし選んだラインは間違っていなかったと思う。

 

それにしても、暗闇の中折口が突破した4ピッチ目。このピッチがなかなか悪い。特に染み出しの薄被りを超える部分。手はコケで滑るし、足も細かい。少し左から、染み出しを交わして登りたいが、ホールドが細かい。プロテクションは皆無なので、ここは逆にボルトを一本追加することにした。それにしても、折口は暗闇の中、良く登ったものだ。やつのコケ耐性は相当のものだな!

つららの垂れる張り出しの抜けが結構悪い

作業を終え、登るごとに増えるロープを担ぎ、うめきながらユマーリング。坊主尾根に戻ったら、回収したフィックスもあわせて190mのロープを担いで下山した。あまりの重さに膝が笑う。

40m+70m+80m+60m(細引き) ビビッて持っていきすぎ!

 

余談だが、この日の朝はやけに冷え込むと思ったら、4ピッチ目の一部に立派なつららができていた。そこに日が当たり、掃除中は上からパラパラと氷が落ちてくる。時折、こぶし大の氷も落ちできて、ヘルメットがへこむ。まさか4月の九州で落氷に合うとは…これもまた貴重な体験だった。それにしても楽しいなあ!

掃除を目撃したハイカーに吉作の亡霊と噂される。

4月15日16日 雨中止
5月14日 雨中止

 

核心ピッチフリー化  2023年5月21日  メンバー 片山 橋本

フリー化のめども立ったし、次はワンプッシュで完全制覇と意気込んでいたのだが、3人で予定した日はことごく雨。「傾きはいつだって雨」そんなキャッチフレーズが三度…。最後のワンプッシュは3人そろってやりたい。5月21日に橋本とタイミングが合い、天気は晴れ。しかし折口は来れず。何もしないのももったいないので、最後の整備兼3ピッチ目のフリー化を目的に三度上からのアプローチを試みた。今度は二人なので、上から懸垂で3ピッチ目まで下降。3ピッチ目をフリー化し、3~1ピッチを整備しつつ、基部まで降りることとした。

フリー化前、最後の整備中

 

結果からいうとフリー化は無事完了した。ボルトを撤去したクラックラインはぴりっとした核心が2つある三ツ星ピッチになった。グレードは試登時の感覚とほぼ同じ、5.10d~11aでいいだろう。ここまでくる困難さもふくめ、5.11aとしたい。

このロケーションでこの内容は一登の価値あり!?



この日、私たちはフリー化以上に嬉しい出来事に2つ遭遇した。

一つはまぶしい早朝を浴びながら、重荷を担いで三つ坊主を登っていた時だった。小ピークを超え、下り坂を覗いた瞬間、10m程先で何かが動いた。かなり大きくずんぐりしている。その物体と私、ほぼ同時に互いに動きが止まる。息を殺して目を凝らすと、目の前のずんぐりしたやつはカモシカだった。傾山カモシカがいるのは有名だが、なかなか出会えるもんじゃない。現に私達が二つ坊主に通い始めてもう2年近くなるが目撃したのはこれが初めてだ。

 

二つ坊主の登攀ももうすぐ終わる。「これだけ通ったのに合うことはできないのか」と思っていた矢先のことで、興奮を隠せなかった。写真を撮ろうと携帯を取り出している間に、颯爽と走り去ってしまった。鹿とも、ヤギとも違うこの生き物は愛らしく、どこか神々しさもあった。いつまでもここ傾山に生きていてほしいものだ。

この深い森の中、彼らは確かに生きている

 

そして二つ目の出合いは、作業を終え岩壁の基部へ降り立った時だ。最後の懸垂を終え、ロープを解除していると、ふと足元に見慣れないプラスチックケースが置いてある。ケースの蓋には「交換日記」。こんな沢屋も来ないワイルドな壁の下で、交換日記とは!思わず吹き出してしまった。

 

交換日記などもらったのは人生初。お相手はもちろん、去年ロープの先に素敵な手紙をつけてくれた、チームひも野郎の名づけ親、W&Tさんだった。

前に「往年のクライマーに違いない」などと書いてしまったが、それは全くの勘違いで、現役バリバリの女性クライマーであることが判明。大変失礼いたしました。かわいらしい文字で書かれた日記の最後に記された日付は3月4日。3月4日は私の誕生日である。偶然同時期にこの壁に取り付き、偶然私の誕生日に手紙をくれる。W&Tさんあなたは一体何者なんですか!?

 

勝手に運命を感じつつ、返事をしたためる。手紙など書きなれてないので苦戦した。互いのルートが完成したら、それぞれ、逆のルートを登り、二つ坊主のピークで互いのルートの感想を言い合う。そんなことができたらどんなに楽しいだろう。

 

女性からの手紙にフリー化以上にテンションが上がる。我ながら単純。

 

あとはワンプッシュを残すのみ。「人事を尽くして天命を待つ」舞台は整った。あとは天候をみて三人で駆け上がるだけだ。この長すぎるプロジェクトもいよいよフィナーレだ!

 

・・・最終話 「ALWAYS RAINY」へつづく....

 

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