登攀チーム ひも野郎

傾山二つ坊主南壁を登るために集まった変わり者たちの記録

傾山 二ツ坊主南壁登攀 後半戦の記録  ~最終話 「ALWAYS RAINY」~

最終話 「ALWAYS RAINY」

ワンプッシュ  2023年10月13日  メンバー 片山 折口 橋本

次がいよいよ最後!となってからあろうことか5ヶ月もの月日が過ぎている。もちろん手をこまねいていたわけではない。この間、何度計画しても雨に見舞われ中止、中止の繰り返し。7月に一度取り付きまではたどり着いたが、長雨の影響か、なんとルートには染み出し、いや吹き出しで幻の滝が出現していた。

f:id:himoyaro:20231116003317j:image

そうこうしているうちに、夏になり、仕事と家事でクライミングどころではなくなってしまった。気が付けば紅葉が始まっている。

 

これ以上遅れると冬が来る。最後のチャンスにと10月13,14日の予定をこじ開け、二人に打診した。出発一週間前。それまでスタンプ連打のごとく太陽のマークが並んでいた天気予報に2つ傘のマークがついている。日にちはなんと13日と14日。

お天気ドットコムには私達をどうしても傾に行かせたくない人がいるのかな?



しかし今回は予定日が近づくにつれ予報は好天へ向かう。14日は絶望的だが、13日は持ちそうだ。空気も乾燥してきている。何とかなりそうだ。9日に橋本が小雨の中取り付きまでのアプローチを確認してきてくれた。残る問題は数か月まともに登っていない自分のコンディション。

 

今の自分はあの壁で冷静にムーブを出せるのだろうか。現在の実力が把握できていないことが恐怖心を膨らませる。しかし、ここで先送りにしても今より上手くなるはずはない。これ以上下手になる前にいくしかないのだ。記録を読み返し、プロテクションとルートのイメージを少しだけ取り戻す。

 

12日夜、九折登山口にひも野郎3人が久しぶりに集合した。打合せを終え満天の星空のもと、明日の健闘を祈り一杯ひっかける。

13日、まだ月も沈まぬうちに、ジムニーで林道を登れるところまで登る。そこからは久しぶりに例のアプローチを3人で歩く。この感覚がとても懐かしく心地よい。二人と一緒に歩いていると何とかなるなと思えてきた。



7時過ぎに取り付きへ到着。交換日記は進んでいなかった。最後のメッセージをしたため、準備を整える。出だしはルンゼ奥のチョックストーン左を登る。

苔むしたチョックストーンを登る

チョックストーン上のブッシュから左のレッジへ出れば1ピッチ目の取り付きだ。ここはアプローチの0ピッチとしているが、チョックストーンは湿っていて緊張した。1ピッチ目取り付きまで登ったら、一旦ザックを荷揚げし、二人をビレイする。3人そろったところで改めて、ルートを見上げた。ガスに包まれているが、岩は乾いている。1ピッチ目はオールナチュプロでフェイスを30m程登る。特別難しい箇所は無いが、全ピッチ中で一番リスクと緊張感のあるピッチでもある。少し冷たい傾山の空気を深く吸い込み、静かに登りだす。

 

1ピッチ目 片山リード

何度も確かめた位置に的確にプロテクションを決めながら、慎重に高度を上げていく。2つ目のカムを入れる直前のホールドが甘くて怖い。明らかに動きが硬い。一度不安を感じれば、それはどんどん膨らんで、次第に足が震えだす。少し戻り、一度体制を安定させ、深呼吸して震えが止まるのを待つ。

大丈夫だ。落ちてもグランドは無い。震えをねじ伏せて、またゆっくりと登りだす。ラインを間違わないよう慎重に。後半10m程は傾斜が少し強くなり、ホールドも細かくなる。トーテムの黒を決めて、慎重にホールドをつないでレッジのリップを取ったら一安心だ。どこにプロテクションが取れるのかわからない緊張感。それこそがこのピッチの醍醐味だ。無事レッドポイントを果たし安堵。ようやく感が戻ってきた。2人を迎え、すぐに2ピッチ目にかかる。



2ピッチ目 片山リード

ここは1ピッチ目以上にプロテクションが取れない。突破時のボルトは一本だったが、フリー化のためもう一本打ち足した。それでもランナウトは避けられない。

出だしに5m程左へトラバースしたら弱点に沿って終了点の小ハングを目指す。傾斜はほぼ90度で高度感がすごい。「現代的なクライミング」とでも表現したらいいのか、ムーブ的にも映えるピッチだ。1つ目のボルトを超え、数メートル延ばし、効いているかわからないボールナッツ赤をリスに挟む。

その先の手順が少し辛い。ステップが細かく緊張する。核心は終了点手前だが、トーテム黄色がばっちり効くので恐怖心は少ない。このカムの効きは実証済み。1ピッチ目より難しいのだが、エンジンがかかってきたのか、気持ち良く登れた。



3ピッチ目 折口リード

核心の花形ピッチ。小ハングを超え途切れ途切れのクラックをつないで右上し、最後は右へトラバースして大テラスを目指す。折口がじっくりと登る。全体的にステップが細かく、緊張感がある。

クラックに入ってすぐが一つ目の核心。指先がちょっとだけ引っ掛かる程度のポケットを頼りに向きの悪いステップをつないで、スメア気味に足を上げる。右足が滑ればフォールは必至。心臓の鼓動が速くなる。じっくりフリクションを確認し、最後は思い切って乗りあがる。これを超えれば、しばし気持ちよくクラック登り。

トラバースに入る手前が第二の核心。数十センチ体を上げればガバだが、そこにいたるホールドが手も足も小さく甘い。失敗が許されない一手。緊張でのどは渇くが手はぬめる。ここもじっくり探り、最後は意を決して立ち上がる。最後のトラバースも気が抜けない。テラスへ上がる直前のラインを誤ると難しいムーブになる。私の登ったラインより少し上のラインを取って無事テラスへ。安定した登りでフラッシュを決める折口。さすがだ!

 

2番手で橋本が続き、最後に私。初めてこのピッチをフォローで登ってみた。壁全体を眺めながら、じっくり味わう。

やはりこのピッチは素晴らしい。小ハングからテラスまで、ツルっとしたフェースのほぼ真ん中に、細いクラックが一筋。その前後をつなぐように、細かいホールドが奇跡的につながる。最後はテラスまでの道を示すかのようにトラバースラインが一筋。まさに壁が導いてくれたライン。

こんなにも美しいラインが誰に知られることもなく、令和の今日まで残されていたことが奇跡。二ツ坊主南壁はそこに無名の私達を導いてくれたのだ。そう思うと、この壁で幾度となく浴びた雨も、どこか温かく、決して私たちを拒んでいたわけではないように感じる。

そんな思いが浮かぶほど、私はこの壁が好きになってしまったようだ。

 

4ピッチ目 折口リード

暗闇の中、折口が突破したこのピッチ。染み出しをもろに受けるため、全体的にコケっぽい。7月に滝のように噴き出していた水の出どころはおそらくここだ。今日もところどころ濡れている。核心の薄被った凹角は全般的に濡れていて気持ち悪い。凹角に突っ込んだほうがムーブはいいが、ぬめりとコケで精神的につらい。凹角を左から巻くように登れば乾いたところを繋げられるが、ムーブは少し渋い。

ここで好みが分かれる。折口はもちろん湿った凹角へ突っ込む。2番手橋本もそれに続く。私は左の乾いたところをレイバック気味に。泥は苦手だ。ブッシュへ入り込むところも、ずるずるで結構神経を使う。グレードに現れにくい難しさがあるピッチだ。この手のセクションは折口がめっぽう強い。灌木帯に入ったらロープいっぱいまで伸ばしてピッチを切る。安定した登りで無事このピッチもレッドポイント。

 

5ピッチ目 橋本リード

灌木帯のルンゼを数十メートルのぼれば、例のビバーク洞窟がある。洞窟上、木漏れ日の気持ちいいテラスが5ピッチ目の取り付きだ。ブッシュを使いつつ、避けつつ左上していく。ここまでのピッチと比べて浮石や怪しい灌木が多く気が抜けない。ハング下をトラバースする箇所と終了点のレッジ手前が渋いが、橋本はぐいぐいとロープを延ばす。

思えばこの二つ坊主南壁に最も強い想いを持っていたのは橋本ではないだろうか。私や折口が行けない間も足しげくこの山に通い、何度となく歩荷、偵察を繰り返した。雨で無駄足になった日も、雪に埋もれたときも、その時々の傾山を全身で感じ楽しむ姿にどれだけ元気づけられたかわからない。

橋本のクライミングが強いのは前々からだが、蒼天へ向かってロープを延ばすその背中は、以前にもまして力強くカッコよかった。



6ピッチ目 片山リード

小さくなった壁をカンテ伝いに登る。ほとんど木登りでグレード感は良くわからないが、壁を横切って右のブッシュに移る箇所が妙に悪い。このピッチは間違いなくフォローの方が苦労するので、前のピッチを最後に登ってナチュラルにリードをゆずってもらうのが良い。

 

7ピッチ目 片山リード

いよいよ最後の最後。長かった登攀もこのボロボロの10mで終わる。なんてことの無いピッチだが、ここまでの長き登攀を思えば、一手一手に思いが募る。2年がかりの240mが、一つのラインでつながる。この喜びは他にない。二つ坊主の稜線に登り立ち、縦走路で二人をビレイする。万遍の笑顔で登ってくる2人を迎えたら、ビレイ解除も忘れ、三人で喜びを爆発させた。ようやく終わりを迎えた二つ坊主南壁の登攀。只々、楽しかった。今浮かぶ言葉はこれしかない。

 

追伸

登攀を終えた我々は猛スピードで坊主尾根を駆け降りた。丸一日の登攀で疲れてはいたが、開拓道具の無い背中は羽が生えたように軽い。これまでにないスピードでジムニーまで戻り、竹田で温泉に飛び込む。そして辻川原の川辺にテントを張り、待望のビールとウイスキーを流し込んだ。これまでのエピソードを語らいながら、これからのクライミングに夢を見ながら夜はふけていった。

 

 

翌日。テントに打ちつける、ぼたぼたという雨音で目覚める。二つ坊主はその姿を再び雨雲の中に隠していた。

2021年1月の偵察から2年と6カ月。実に楽しい登攀だった。2年の間に自身の身上も大きく変わり、山いられる時間も大きく減った。雨に悩まされ、遅々として進まぬ登攀。重い荷物と長すぎるアプローチ。それでも、数メートル進む度、新しい感動があった。

沢山の出合いと喜びと成長をくれた二ツ坊主南壁と、共に登ってくれた折口、橋本両名に心から感謝します。この3人で登れたことを誇りに思う。

傾山 二つ坊主南壁。私達はこの忘れられた古の岩壁に新たな光を灯せただろうか?多くの人に登ってほしいとかそんな気持ちはさほどない。私たちはただ面白そうだから登ってみただけ。だけど、大分にもこんな壁があるということ、そこにかつて情熱ぶつけた人たちがいたこと。それを少しだけ知ってもらえたなら、僕たちのルートは再び雨雲に隠れてしまってもいい。

そんな思いを込めて、ルート名はやっぱり

「ALWAYS RAINY」

 

ルート情報

f:id:himoyaro:20231206205813j:image

 

0P 10m

ルンゼ奥のチョックストーンを左側から超え、ブッシュを通って左のレッジへ出ると終了点のボルトがある。アプローチの0Pとしているが、確保は必要。

(使用ギア:キャメロット#3,1,4)

 

1P 5.10b 30m B0

フェイスを弱点にそって直上。30m上のレッジに終了点のボルトがある。中間支点にボルト無し。よく探せば適度な感覚でランナーが取れるが、初見で見つけるのは困難かもしれない。どこをどう登るか、初登気分を楽しんでもらいたい。撤退用ジャンピングの携行等、準備は十分に!

(使用ギア:キャメロット#1,3 トーテムカム 黒×2,黄色,紫×3,緑,トライカム赤)

※0P,1Pは大分登高会ルートの1P,2Pと共通

 

2P5.10c 20m B2

1P終了点のレッジを左に5mほどトラバースし、1本目のボルトから直上。ボールナッツ赤があれば1本目と2本目のボルトの間にランナーが取れる。

(使用ギア:トーテムカム青,黄 ボールナッツ赤)

 

3P5.11a 20m B5

ルート全体の核心ピッチ。内容もロケーションも抜群。出だしの小ハングを超え、細いクラックを使って右上。ラストは右の大テラスへ向けて明瞭なラインがつながっている。終了点のある大テラスの直前にあるボルトは撤退用に残しているが、登攀時は使用しない方が良い。

(使用ギア:トーテムカム黒×2, キャメロット#0.2,3)

 

4P 5.10C 30m B5

大テラスから直上。苔むした凹角から灌木帯へ入る。灌木帯はロープいっぱいまで伸ばして立木でピッチを切れば、次のコンテを短縮できる。

(使用ギア:トーテムカム黄×1)

 

灌木帯コンテ 70m

灌木帯をルンゼに沿って左上し、洞窟を超えて開けたころが5P目の取り付き。

 

5P 5.10a 30m B4

取り付きから数mで大きな松のあるテラス。灌木を左に避けつつ直上し、小ハング下を左にトラバースしレッジへ。カンテに沿って直上で安定したテラスへ出る。終了点は左手奥の立木。

 

6P5.8 20m

ブッシュを避けて左のカンテ沿いを登る。ほぼ木登り。ワンポイント壁を右へトラバースする箇所が悪い。

 

7P5.8 10m

樹林の先に現れるボロ壁を越えたら稜線の縦走路へ出る。

 

※5-7Pはブッシュがうるさくお世辞にも良いピッチとは言えない。メインの1-4Pのみ登って灌木帯のルンゼから稜線へ抜けても良いだろう。

 

全行程

≪アルバム≫