登攀チーム ひも野郎

傾山二つ坊主南壁を登るために集まった変わり者たちの記録

傾山 二ツ坊主南壁登攀 前半戦の記録  ~第3話 雨とマダニと1ピッチ~

第3話 雨とマダニと1ピッチ

登攀 第1日目 2022年5月8日 メンバー片山/折口/橋本 

5月8日AM5時。戸次に傾南壁登攀隊の恐らく全メンバーになるだろう、片山、橋本、折口の3人が集合した。橋本さんは吉作落としを登りたいと以前より思っていたらしく、私たちの偵察の記録を見て熱心に参加を申し入れてきた随分と奇特な方である。

 

早速橋本のフォレスターに60㎏はあるだろう装備を押し込んで九折登山口へ向かう。今回は、初めて2日がかりで本格的な登攀に突入する予定だ。前回より格段に重い装備を担いでいるが、ようやく登攀ができると思えば足取りは軽い。

 

しかし、山を包む霧と時折ぱらつく小雨。

文句の一つもぶつけたくなる。

 

屋久島か!」

 

2時間近く歩くと林道は山手本谷とぶつかる。この地点を幕営地としてそれぞれがツエルトを設営。一番橋の近くに私、数メートル離れ折口、さらに数メートル離れた位置に橋本。

この設営地がのちに重大な結末をもたらすことになる。

 

設営が完了したら、相変わらずすっきりしない霧の中、三度アプローチの二つ坊主沢を詰める。さすがに3回目。随分慣れてきたが、それでもところどころ分岐を見落とす。相変わらず、最後の詰めあがりは巨石がガラガラと崩れる危なっかしいガレ場の急登だ。重荷も相まって体幹を消耗する。

 

1時間半ほど登りようやく前回FIXロープを張った取り付きに到着。霧が薄れ、木々の若葉を縫うように差し込む光芒が美しい。壁は若干濡れているが何とかやれそうだ。




慣れた動きで準備を整えたら、早速FIXをユマーリングし前回ボルトを設置したレッジに立ち先を見上げる。偵察写真で目星をつけていたラインを確認する。

うまい具合に弱点が左上につらなり、次のレッジと思しきところまで続いている。登るのはさほど難しくなさそうだが、プロテクションが取れるかが核心になりそうだ。

 

今回の南壁登攀は1976年に登られた大分登高会ルートを参考にしている。しかし我々は可能な限り残置無視で自分たちの目でラインを決めたいと意気込んでいる。

コンセプトは弱点をついたグランドアップ。目標はオールフリー。プロテクションもミニマムボルトを基本として(でも安全第一)、ナチュラルプロテクション主体で挑む。

 

そのために、ペッカーからロストアロ―までの各種ピトンに加え、マイクロナッツにボールナッツ、トライカムにトーテムカム、挙句にコパーヘッドまで、見本市ができそうな、ありとあらゆるプロテクションを動員した。

プロテクションの化け物と化したギアスリングを肩に食い込ませ、いざ1P目のスタートを切る。2m程上りはやめに1つ目のプロテクションを取ろうと見まわす。

が、

何もない。土を払い、草を抜き、ナッツキーでくぼみをほじくるが、まともなクラックが出てこない。いきなりのランナウト。少し登り、見るからに浅そうなリスにモチヅキのハーケンをたたき入れるが、半分程しか入らない。諦めてスリングをタイオフ。

入らないハーケン  /  どうにかレッジへ

クラックとは言えない程のくぼみをみつけては、様々なプロテクションを試すがどれも決まらない。仕方なく、再び浅いリスにBDのナイフブレードをたたき込むが、これも浅い。墜落は絶対止まらんだろう。しかし、ホールドはしっかりしており、難しくもないので、慎重にロープを延ばす。

 

3つ目のプロテクションは横向きのウォールナッツ4番。下のハーケンよりいくらかマシだが、これも怪しい。先の乗越しが少し悪そうで、たまらず40数年前のボロボロのリングボルトにヌンチャクを掛けた。早くも理念に反する。このボルトも簡単に飛びそうなのだが...

どれかのプロテクションで止まるだろうと半ば自分をだまし、小さなレッジへマントルを返す。すると大分登高会ルートの1ピッチ目終了点と思われるリングボルトが設置してあった。ここまで10mほど。すでにかなりの緊張感を味わってしまった。

しかしあと20mは登らないと想定の1P目終了点のレッジへはたどり着かない。これは先が思いやられる。

 

小さなレッジで少し休み、プロテクションを整理してリスタート。早速浅打ちのハーケンに命を預け、ここまでで一番のハイステップと軽いデットをかます。ボルトルートなら5.9程度のムーブなのだろうが、緊張感が半端ではない。恐らくこの辺りがムーブ的な核心であった。ムーブをこなし、比較的大きなフレークを取ると、トーテムの紫が効いた。ようやくの信頼できる支点に胸をなでおろす。

 

できれば下の核心の前に欲しかった。

 

このフレークを超えると、次はいつプロテクションが取れるかわからない。念のため、トーテム緑を甘めだが増し取りした。このフレークの先は壁がやや立ってくる。終了点のレッジまではあと7mくらいか。

予想通り厳しいプロテクションが続く。ブラスナッツにトライカム赤、ボールナッツに再びブラスナッツ。念のため、ボロボロのリングボルトにもナッツを掛ける。ラスト3m。直上がおもしろそうだが、怪しいブラスナッツで突っ込むにはホールドが甘い。ボルトを打つか。少し考えたが、左の立木を経由すればレッジには上がれそうだ。一旦抜けてから考えてもいいだろうと立木からレッジに上がった。

それでも緊張感は十分。

オールフリーの充実したピッチだった。レッジには大分登高会ルートの2P目終了点があった。

 

         

                   いにしえの終了点

 

終了点を作ろうと辺りを見回すが、レッジには小さなリスしかなく、終了点は悩んだ末やむなく、新たにボルトを設置した。

 

振り返れば遠くに傾山から古祖母山への縦走路が見える。こんな場所から祖母傾山系の景色を眺める日がこようとは。数十年来訪者がいなかったことはこのリングボルトが物語っている。

何とも感慨深い。

 

下からは随分待たせた後続2人が気持ちよさそうに登ってくる。2人ともこのマニアックな登攀を楽しんでくれているようで何よりだ。

1ピッチ目終了点から祖母山を望む / 1ピッチ目をフォローする折口

レッジで2人を迎えたら、2P目のラインを探る。下で見たより傾斜がきつい。直上だと人工になりそうだが、左に数メートルトラバースすると右上に弱点が続いているように見える。話し合った末、明日はそのラインで登ってみるこことにした。折口がトラバース後の右上開始点まで探りにいく。

             

 

右上点のホールドが甘くプロテクションが取れないのでボルトを打ちたいとのこと。ここは彼の判断を信じ、ドリルを渡す。1つボルトを設置し、終了点へと戻ってきた。本日はここまで。

 

この1P目終了点から取り付きのチムニーまで、持参していたFIX用の38mロープがピッタリ届いた。奇跡的な高さだ。ギアを整理したら、そそくさと懸垂して取り付きへ戻る。今回は明日もくるので、重いギアは岩屋にデポして下山した。明るいうちに戻れたので、幕営地の橋下に降りて焚火。谷間に見える夕日が美しかった。

幕営地で愉快なひと時



登攀第2日目 2022年5月9日 ハプニング

翌日は早朝から小雨が降ったり止んだりを繰り返し、山はガスに包まれていた。朝食を食べながら、どうしたものかと思案する。

まだ本降りにはなっていないが、晴れることもなさそうだ。どちらにしてもデポした装備を取りに上がる必要がある。そこで行けそうならアタックするということにした。

この時点で3人とも半ば諦めて温泉モードになっていたように思う。

 

しかし、いつになったら晴れるんだ。

 

そしてなぜか、へその下が腫れている。特にぶつけた記憶もないのに。

早朝の雨で滑りやすくなったアプローチを慎重に登る。さすがに4回目。アプローチルートもある程度定まって、踏み跡も見えるようになってきた。こんなところでも人が歩けば道ができるものだ。

 

取り付きには8時前に到着。雨もまだ何とか持っている。しかし、ここでトラブルが発生する。いや、正確にはトラブルに気が付く。

 

腫れているへその下をよくみるとなにやらゴマのような生物が食いついている。

 

マダニだ!

 

この瞬間に今日の登攀中止が決定した。折口と橋本が前日残置していたヌンチャクを回収しに1P目終了点まで上がる。壁はしっとりしているがまだ登れそうだったらしい。悔しさいっぱいで片付けをしながら、「いっそのこと降ってくれ」と願う。それが通じたのかは定かでないが、下山を開始して間もなく雨が降りだした。

 

せめての気休めに下山はアプローチを整備しながら降りた。これで次はもっと楽に取り付けるだろうと。余談だが、後に右ひざにもマダニが食いついていたことが判明。大分にもどり、皮膚科で2か所切除。しばしの休養を余儀なくされた。

 

以後数か月計画しては中止の繰り返し...

☞5月21,22日 片山勤務先にてコロナ発生。中止

☞7月6,7日 雨予報。中止。

 

・・・第4話 「ロングフォール」へ続く... 

 

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