登攀チーム ひも野郎

傾山二つ坊主南壁を登るために集まった変わり者たちの記録

傾山 二ツ坊主南壁登攀 前半戦の記録  ~第4話 ロングフォール~

第4話 ロングフォール

登攀第3日目 2022年7月24日 メンバー 片山/橋本

ようやくこの日がやってきた。コロナやら雨やらで前回の5月8日から2.5か月も過ぎてしまった。梅雨は開けたがすっきりしない天気予報がつづく中、この日の予報は晴れ/曇り。降水確率は10%。あの続きをようやく見られると思うと心が躍る。

 

前日は九折登山口に夜移動。早朝から久しぶりに例のアプローチを歩き始める。前回80mロープとボルトハーケン類を残置してきたので、荷物は随分軽い。

 

はずなのだが、

2.5か月まともに動けていなかった体にはドリルとガチャだけでもズシリとくる。今回は観音滝ルートから林道へ向かった。やはりこちらのほうが幾分か早い気がする。林道へ出て山手本谷との出会いへ向けて歩き始めるとすぐ、見慣れないワイヤーと侵入禁止の看板がある。何だろう?梅雨の雨で激しく崩落でもしたのだろうか。

 

しばらくしてまず橋本が異変に気付く。

 

「林道綺麗になってないですか?」

 

「んっ??」

 

ホントだ!!

前回崩落の瓦礫で埋もれていた場所も綺麗さっぱり片付けられ、地面はしっかり固められている。さらに驚いたのは山手本谷出合いの橋手前。以前はボロボロで歩くのもてこずるほどの廃道だったところがかっちりセメントで固められ、ピカピカの道路になっているではないか!?

 

空いた口がふさがらないとはこのことだ。

 

嬉しい反面、車でここまで来られたらもはや辺境とは言えないレベルに壁が近くなる。おまけに前回我々がアプローチを整備したもんだから、これはもう総合グレードの低下はまぬがれないか?(笑)

 

ピカピカに舗装された林道

 

しかしご安心。林道は登山口のところまでで封鎖されており、綺麗になったが、車で侵入することはできない。短縮は20分程、大勢には影響は少ない。それにしても前回のアプローチ整備は功を奏している。時間こそさほど変わらないが、格段にわかりやすく、歩きやすくなっていてストレスが少ない。3時間のアプローチも随分近く感じた。

 

準備を済ませ9時頃、早速前回設置したフィックスのユマールを始める。2.5か月放置されたロープをユマールするのは結構怖い。念のため、下からビレイしてもらい、ところどころプロテクションを取りながらユマールした。とはいえ、前半はナッツやカムでは全くプロテクションは取れない。改めてリスを探してみるが、ない。よくこんなところをボルト無しで登ったものだと前回の自分をほめてやりたい。

 

フィックスロープの痛みは思った程なく。無事終了点に到着。レッジは梅雨の雨と夏の日差しでブッシュが少々濃くなっている。レッジに橋本を迎えたらギアを整理し早速2ピッチ目にかかる。前回折口が設置したボルトまで左にトラバースし、ラインを探る。

 

登高会ルートは右の厳しいコーナーを人工交じりで抜けているので、このピッチは恐らく完全オリジナルと思われる。1ピッチ目より傾斜がきつく、ホールドも細かい。当初トラバースしてから右上し登高会ルートと合流するラインを想定していたのだが、右上ラインには細かいホールドはあるが、まったくリスがなくプロテクションは絶望的。さらに、右のコーナーは下から見るより悪い。恐らく確実に5.11はあるだろう。

たとえコーナまで行けたとしても、確実にネイリングになると思われた。それはコンセプトに反する。

 

改めて壁を見渡し、弱点を探すと左上に絶妙な弱点があった。少々脆そうだが、ホールドは確実につながっている。プロテクションはハーケンなら多少は取れそうだ。直上した先は小ハングにぶち当たるが、そこも絶妙にホールドがありそうに見える。黒く見える筋がクラックならなおよい。

ラインは決まった。

 

意を決して垂直の大海原へ飛び出す。1,2メートル上がり、リスを探す。草を少しほじくると微妙な隙間が出てきた。ボールナッツ赤を申し訳程度にはめる。さらに数メートル登る。再びボールナッツ赤。先ほどより効いていそうだ。切り札のボールナッツが早くも残り2つ。

さらにロープを延ばす。ホールドは絶妙に続いているのだが、プロテクションが取れない。ナッツ、カムはもとより、ハーケンもまともに入らない。下のボルトから怪しいボールナッツを挟んで約6メートル程。リスはどれも浅くBDのバカブー#3が半分ちょっとしか入らない。しかもぐらついている。これは落ちられない。

 

少し登りリスを探す。

が、やはり無い。

 

これ以上のランナウトはさすがに恐ろしい。やむなくスカイフックにPASを掛け一旦休止。バックアップにペッカーを叩き込む。ボルトを打とうと一度は思ったが、思いとどまる。少し高い位置にあるガバを取れば上のリスに見える窪みに届く。そこまで行ってみよう。

 

まともなプロテクションはありません....

 

 

ペッカーをもう一度叩いて直接スリングを通しロープをクリップ。頼りなげなペッカーに勇気をもらい、思いきって上のガバ(のように見える物)に手を伸ばす。何とか届く。

深呼吸してフットホールドを見極め、体を上げる。体制が安定したところでリスを探す。一か所ハーケンが効きそうな浅いリスがある。すかさずナイフブレードをたたき込む。これも微妙だが一応アゴまで入った。

 

さらにロープを延ばす。10mは登っただろうか。今だ信頼できるプロテクションは無い。あと4m程でハング下の若干レッジのようになった所に届く。しかし、この4m、ホールドの向きが微妙に悪く滑る手で突っ込むのは恐ろしい。やむなく再びスカイフックで停止。

入りそうで入らないのです

 

 

辺りを探り浅そうなリスにモチヅキのハーケンをたたき込む。

「頼む奥まで入ってくれ!」

祈りが通じたか、甲高い音を上げ、モチヅキは根本までがっちり決まった。これで一安心だ。さて、ムーブを探ろうと上を見ると先ほどまで気づかなかった小さなポケット状の窪みがある。トーテム黄色がピッタリはまった。ここにきて信頼できるプロテクションが2つ。

 

わからないものだ。

 

おかげで、ムーブ的には核心と思われる4mを気持ちよく突破。ハング下のレストスペースに上がり込む。レッジというには大きなガバの上といった程度だが体制が安定。ちょっと短いが、ハング下で、2ピッチ目の終了点にしようかと、一息つく。といっても5m近くランナウトしている。

目の前に大きな窪みがあり期待していたのだが、カムを入れてみて絶望する。オープンブックとでも言おうか、外開きの窪みは、どのサイズのカムもナッツも決まらない。諦めて回りのリスに臨みを掛けるがペッカーすら入らない。

やむなくスカイフックをエッジにかけ体重を入れた。

 

瞬間、

 

エッジが見事に吹き飛んだ。

 

一瞬ふわぁっと浮いたように感じたと思ったら一気に10m近くフォール。目の前には最初のボルトがある。なんてこった。

 

幸いどこにもぶつからず、無傷。しかし、一時間近くかけて登った15,6メートルを1秒ほどで帰ってきてしまった。笑うしかない。橋本は心底肝を冷やしたことだろう。毎度毎度申し訳ない。それにしても、例の黄色トーテムががっちり効いてくれた。もしあのポケットがなかったら、下手すると最初のボルトを飛び越えてさらに10m落ちてたかもしれない。

 

本当に良かった。

 

気を取り直して登り返す。ハング下に戻り、今度はスカイフックを2つセット。片方はハンマーでたたき込み、念入りに荷重テスト。今度はしっかり効いているが、動き回ると外れそうだ。ハーケンを取りたく改めて周りを探るが、やはりペッカーもラーペも決らない。諦めて、慎重にドリルを引き上げ、ボルトを設置。短いが2ピッチ目の終了点とした。

 

長らく待たせたパートナーに登ってきてもらい。時計を見ると13:30。下山を考え今日はここまでとする。

       

     2ピッチ目をフォローする橋本

 

先の様子を探るとハング越しは問題なく行けそうだ。ハング上は少し傾斜が落ちている。よく見えないが、右上に向かって点々と草が生えたクラックのようなものもある。ここまでの様子からして、明瞭なクラックなど無いだろうが、おそらく弱点はある。

       

   ハングの上に...何かある?       

 

先のラインも見えて少しほっとしたら、しばし、新しい高さからの景色を楽しんだ。

足元は60m程切れ落ち、深い谷と深い森に囲まれたような景色。人気は全くない。見慣れた傾の風景とは思えない。どこか外国の秘境のようにも見える絶景。

山奥でのクライミングを全身で楽しんでいる自分がいる。たかだか20m程しか登っていないのになんという充実感だろう。精一杯山の英気を吸い込んだら、フィックスロープを設置して、疲れた体で揚々と下山した。

 

次は中央バンドでビバークして一気に登り切りたい。そう上手くいかないだろうとは思うが、もう楽しみで仕方ない。

傾は手強い。しかし素敵だ。

ともに登ってくれる仲間に感謝して今回は終了とする。

 

第5話 「Always rainy」へつづく...

 

<アルバム>



 

 

 

 

 



傾山 二ツ坊主南壁登攀 前半戦の記録  ~第3話 雨とマダニと1ピッチ~

第3話 雨とマダニと1ピッチ

登攀 第1日目 2022年5月8日 メンバー片山/折口/橋本 

5月8日AM5時。戸次に傾南壁登攀隊の恐らく全メンバーになるだろう、片山、橋本、折口の3人が集合した。橋本さんは吉作落としを登りたいと以前より思っていたらしく、私たちの偵察の記録を見て熱心に参加を申し入れてきた随分と奇特な方である。

 

早速橋本のフォレスターに60㎏はあるだろう装備を押し込んで九折登山口へ向かう。今回は、初めて2日がかりで本格的な登攀に突入する予定だ。前回より格段に重い装備を担いでいるが、ようやく登攀ができると思えば足取りは軽い。

 

しかし、山を包む霧と時折ぱらつく小雨。

文句の一つもぶつけたくなる。

 

屋久島か!」

 

2時間近く歩くと林道は山手本谷とぶつかる。この地点を幕営地としてそれぞれがツエルトを設営。一番橋の近くに私、数メートル離れ折口、さらに数メートル離れた位置に橋本。

この設営地がのちに重大な結末をもたらすことになる。

 

設営が完了したら、相変わらずすっきりしない霧の中、三度アプローチの二つ坊主沢を詰める。さすがに3回目。随分慣れてきたが、それでもところどころ分岐を見落とす。相変わらず、最後の詰めあがりは巨石がガラガラと崩れる危なっかしいガレ場の急登だ。重荷も相まって体幹を消耗する。

 

1時間半ほど登りようやく前回FIXロープを張った取り付きに到着。霧が薄れ、木々の若葉を縫うように差し込む光芒が美しい。壁は若干濡れているが何とかやれそうだ。




慣れた動きで準備を整えたら、早速FIXをユマーリングし前回ボルトを設置したレッジに立ち先を見上げる。偵察写真で目星をつけていたラインを確認する。

うまい具合に弱点が左上につらなり、次のレッジと思しきところまで続いている。登るのはさほど難しくなさそうだが、プロテクションが取れるかが核心になりそうだ。

 

今回の南壁登攀は1976年に登られた大分登高会ルートを参考にしている。しかし我々は可能な限り残置無視で自分たちの目でラインを決めたいと意気込んでいる。

コンセプトは弱点をついたグランドアップ。目標はオールフリー。プロテクションもミニマムボルトを基本として(でも安全第一)、ナチュラルプロテクション主体で挑む。

 

そのために、ペッカーからロストアロ―までの各種ピトンに加え、マイクロナッツにボールナッツ、トライカムにトーテムカム、挙句にコパーヘッドまで、見本市ができそうな、ありとあらゆるプロテクションを動員した。

プロテクションの化け物と化したギアスリングを肩に食い込ませ、いざ1P目のスタートを切る。2m程上りはやめに1つ目のプロテクションを取ろうと見まわす。

が、

何もない。土を払い、草を抜き、ナッツキーでくぼみをほじくるが、まともなクラックが出てこない。いきなりのランナウト。少し登り、見るからに浅そうなリスにモチヅキのハーケンをたたき入れるが、半分程しか入らない。諦めてスリングをタイオフ。

入らないハーケン  /  どうにかレッジへ

クラックとは言えない程のくぼみをみつけては、様々なプロテクションを試すがどれも決まらない。仕方なく、再び浅いリスにBDのナイフブレードをたたき込むが、これも浅い。墜落は絶対止まらんだろう。しかし、ホールドはしっかりしており、難しくもないので、慎重にロープを延ばす。

 

3つ目のプロテクションは横向きのウォールナッツ4番。下のハーケンよりいくらかマシだが、これも怪しい。先の乗越しが少し悪そうで、たまらず40数年前のボロボロのリングボルトにヌンチャクを掛けた。早くも理念に反する。このボルトも簡単に飛びそうなのだが...

どれかのプロテクションで止まるだろうと半ば自分をだまし、小さなレッジへマントルを返す。すると大分登高会ルートの1ピッチ目終了点と思われるリングボルトが設置してあった。ここまで10mほど。すでにかなりの緊張感を味わってしまった。

しかしあと20mは登らないと想定の1P目終了点のレッジへはたどり着かない。これは先が思いやられる。

 

小さなレッジで少し休み、プロテクションを整理してリスタート。早速浅打ちのハーケンに命を預け、ここまでで一番のハイステップと軽いデットをかます。ボルトルートなら5.9程度のムーブなのだろうが、緊張感が半端ではない。恐らくこの辺りがムーブ的な核心であった。ムーブをこなし、比較的大きなフレークを取ると、トーテムの紫が効いた。ようやくの信頼できる支点に胸をなでおろす。

 

できれば下の核心の前に欲しかった。

 

このフレークを超えると、次はいつプロテクションが取れるかわからない。念のため、トーテム緑を甘めだが増し取りした。このフレークの先は壁がやや立ってくる。終了点のレッジまではあと7mくらいか。

予想通り厳しいプロテクションが続く。ブラスナッツにトライカム赤、ボールナッツに再びブラスナッツ。念のため、ボロボロのリングボルトにもナッツを掛ける。ラスト3m。直上がおもしろそうだが、怪しいブラスナッツで突っ込むにはホールドが甘い。ボルトを打つか。少し考えたが、左の立木を経由すればレッジには上がれそうだ。一旦抜けてから考えてもいいだろうと立木からレッジに上がった。

それでも緊張感は十分。

オールフリーの充実したピッチだった。レッジには大分登高会ルートの2P目終了点があった。

 

         

                   いにしえの終了点

 

終了点を作ろうと辺りを見回すが、レッジには小さなリスしかなく、終了点は悩んだ末やむなく、新たにボルトを設置した。

 

振り返れば遠くに傾山から古祖母山への縦走路が見える。こんな場所から祖母傾山系の景色を眺める日がこようとは。数十年来訪者がいなかったことはこのリングボルトが物語っている。

何とも感慨深い。

 

下からは随分待たせた後続2人が気持ちよさそうに登ってくる。2人ともこのマニアックな登攀を楽しんでくれているようで何よりだ。

1ピッチ目終了点から祖母山を望む / 1ピッチ目をフォローする折口

レッジで2人を迎えたら、2P目のラインを探る。下で見たより傾斜がきつい。直上だと人工になりそうだが、左に数メートルトラバースすると右上に弱点が続いているように見える。話し合った末、明日はそのラインで登ってみるこことにした。折口がトラバース後の右上開始点まで探りにいく。

             

 

右上点のホールドが甘くプロテクションが取れないのでボルトを打ちたいとのこと。ここは彼の判断を信じ、ドリルを渡す。1つボルトを設置し、終了点へと戻ってきた。本日はここまで。

 

この1P目終了点から取り付きのチムニーまで、持参していたFIX用の38mロープがピッタリ届いた。奇跡的な高さだ。ギアを整理したら、そそくさと懸垂して取り付きへ戻る。今回は明日もくるので、重いギアは岩屋にデポして下山した。明るいうちに戻れたので、幕営地の橋下に降りて焚火。谷間に見える夕日が美しかった。

幕営地で愉快なひと時



登攀第2日目 2022年5月9日 ハプニング

翌日は早朝から小雨が降ったり止んだりを繰り返し、山はガスに包まれていた。朝食を食べながら、どうしたものかと思案する。

まだ本降りにはなっていないが、晴れることもなさそうだ。どちらにしてもデポした装備を取りに上がる必要がある。そこで行けそうならアタックするということにした。

この時点で3人とも半ば諦めて温泉モードになっていたように思う。

 

しかし、いつになったら晴れるんだ。

 

そしてなぜか、へその下が腫れている。特にぶつけた記憶もないのに。

早朝の雨で滑りやすくなったアプローチを慎重に登る。さすがに4回目。アプローチルートもある程度定まって、踏み跡も見えるようになってきた。こんなところでも人が歩けば道ができるものだ。

 

取り付きには8時前に到着。雨もまだ何とか持っている。しかし、ここでトラブルが発生する。いや、正確にはトラブルに気が付く。

 

腫れているへその下をよくみるとなにやらゴマのような生物が食いついている。

 

マダニだ!

 

この瞬間に今日の登攀中止が決定した。折口と橋本が前日残置していたヌンチャクを回収しに1P目終了点まで上がる。壁はしっとりしているがまだ登れそうだったらしい。悔しさいっぱいで片付けをしながら、「いっそのこと降ってくれ」と願う。それが通じたのかは定かでないが、下山を開始して間もなく雨が降りだした。

 

せめての気休めに下山はアプローチを整備しながら降りた。これで次はもっと楽に取り付けるだろうと。余談だが、後に右ひざにもマダニが食いついていたことが判明。大分にもどり、皮膚科で2か所切除。しばしの休養を余儀なくされた。

 

以後数か月計画しては中止の繰り返し...

☞5月21,22日 片山勤務先にてコロナ発生。中止

☞7月6,7日 雨予報。中止。

 

・・・第4話 「ロングフォール」へ続く... 

 

アルバム

 

傾山 二ツ坊主南壁登攀 前半戦の記録  ~第2話 離陸~

第2話 離陸

偵察と0ピッチ目 2022年4月23日  メンバー 片山/折口

前回偵察の記憶も随分曖昧になっているので、まずはもう一度偵察に行こうと九折登山口へと車を走らせる。

 

今回は前回の偵察で目星をつけていたチムニー上の壁を見るため、1ピッチの試登する予定だ。そのため、背中にはロープ3本とありったけのプロテクションとボルトセット。ザックは各25Kgくらいか。

観音滝から林道へ出て林道と山手本谷が出会う橋までダラダラと歩く。この時点で時折小雨がぱらつき、中止が頭をよぎる。しかし、明日は本降り予報で既に中止を決定しており、今日をのがすと次は本気トライ予定の5月8日になってしまう。時間の足りないこの頃だ。多少降られても今日は行っておきたい。

 

道中雨粒が顔を濡らす。相棒はすでに諦めモード。汗だと言い張ると、正常正バイアスだと返された。雨の中南坊主沢の下降はあまりしたくない。谷との出会いの橋で時折ぱらつく雨の中どうするかしばらく話し合う。行けるどこまで行って、岩が濡れるほど降ってきたら引き返すことにする。

 

重荷にあえぎながらガレた沢を登っていく。雨は何とかもってくれている。二つ坊主沢に入ると、傾斜も強くなり重荷では中々に神経を使う。どうにか登り切って、見覚えのある岸壁の基部へと再び舞い戻った。さぁ、雨が本降りになる前に一ピッチ登ってしまおう。

 

手早く準備を整えたら、バックロープをケツにつけ奥の危なげなチョックストーンに取り付く。見た目恐ろしいチョックストーンを乗り越えて、怪しげな岩の隙間にカムを打つ。上の立木にスリングを巻くまでは安心できない。立木に支点をとり左のレッジにトラバース。

レッジをトラバースしスタート地点へ

レッジから視線を上に向けると、記憶より遥かに美しい安山岩の垂壁が広がっていた。明瞭なクラックこそないが、程よく登れそうなラインが曇天に向かって伸びている。まるで宝物を見つけた気分だった。

 

BDとモチヅキのハーケンを打ち込み、ドリルを荷揚げし、ボルトを一本設置。折口を登らせたら、フィックスロープを張り、1ピッチ目のラインに目星をつけ、雨が本降りになる前に足早に下山した。

 

とにもかくにもスタートを切った。次はいよいよ本格的に登りだす。

 

雨の中万遍の笑みで1ピッチ目を見上げる

 

・・・第3話 「雨とマダニと1ピッチ」へつづく... 

 

 

 

 

 

 

 

傾山 二ツ坊主南壁登攀 前半戦の記録  ~第1話 はじまり~

第1話 はじまり

偵察 2021年1月26日 

本来ならアイスクライミングに精を出す季節だが、この年は記録的暖冬。しかも雨予報とあっては何をしようかと迷う。何か面白いものは無いかと、登山大系をパラパラとめくっていると一つの壁が目に留まる。

 

傾山 二ツ坊主南壁】


お隣宮崎には九州を代表する大岩壁が乱立しているが、ここ大分にはあまり知られたマルチピッチの壁は無い。祖母傾は大好きな山域であるし、ネットに情報はまるで無いが、確かに傾きにはデカい壁がある。これは一度見に行ってみようじゃないかと思い立つ。

 

これが長い闘いの始まりだった。

 

雨の中、物好きな仲間2人を連れ立って壁を目指す。山手本谷から南坊主沢、二つ坊主沢とつなぎ、ちょっとした沢登り状態で壁の基部へと登り詰める。雨の中見上げた南壁は、どでかいハングを携え、ミステリアスな雰囲気に包まれている。その姿は恐ろしくも魅力的で、私の心を鷲掴みにした。

 

基部から壁を見上げる

しかしながら、この頃の私にはこの壁を登る力はなく、その後1年ちょっとの間、記憶の片隅へと封印することとなる。

そして2022年ついにこの壁へトライする決心をする。なぜ子供も生まれ忙しくなったこのタイミングでやろうと思ったのかははなはだ謎だが、やりたくなった時がやり時なのだ。

 

その結果、月2,3日程度の貴重なクライミングDayのほぼすべてを約半年にわたってつぎ込むことになろうとは、この時はまだ知る由もない・・・

雨の中ガレ沢を詰めあがる

 

 

 

 

二つ坊主基部から見る「吉作落とし」

怪しげな岩壁が続く

・・・第2話 「離陸」 へ続く



大崩山 展望岩 ムーニールーフ

古の名ルート 大崩山 ムーニールーフ

2022年6月23日

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大崩の岩峰群を臨む位置に人知れずたたずむ岩塔がある。
この岩塔のルーフをぱっくりと割った顕著なクラックがムーニールーフだ。

 

2ピッチのショートルートだが、トップアウトした先は大崩の岩峰群を望む大パノラマが待っている。

このルートは1985年にH大師匠はじめ宮崎登攀倶楽部の面々が開いた隠れた名クラシック。

ずっと登って見たかったルートだ。

 

1ピッチ目は、アプローチピッチ。

簡単なチムニーとトラバースはアップにちょうど良い。

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2ピッチ目がメインパート。詳しくは書かないが、クラックは膨らんだり狭まったり、ワイドの奥にガバがあったりなかったり…
とても冒険的で面白い!

 

ルーフ越えは見た目以上に難しく、私は敢えなく空中浮遊。うーむ素晴らしい。。

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なかなか登れる時間が取れず、成長のないこの頃だが、次はちゃんと登れるように頑張ろう。

岩頭からの景色は絶景そのもの!

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ちなみにサブミッションは子供のムーニーマンをムーニールーフのテッペンに掲げること。こちらは完遂!笑

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宝剣岳 西面 第2尾根

 

剣岳 西面 第2尾根 2022年4月7日-10日 メンバー 片山 斉藤

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岩と雪の壁を登ってみたい!そんな思いに駆られて、あれやこれやと画策してきたのだが、なかなか実践することができなかった。冬壁をやれるだけの時間がないというのは言い訳で、実際には、未知のフィールドに行くことが不安だっただけなのだ。


しかし、「経験豊富な人に連れて行ってもらう」なんて、どっかの本で読んだような、都合のいい話を待っていてもチャンスは永遠に訪れない。やりたいなら、自分でやるしかないんだ。

 

そう腹をくくり、まずは目標のルートを定めることにした。
条件① 移動を含め確保できる最大日数は3日間。しかも4月
条件② 岩と雪のミックス壁でそれなりにしっかり登攀ができること

 

この難条件を満たすベストなエリアは宝剣岳しかあるまい。宝剣岳の岩稜ルートを調べていくと一つのルートが目に留まった。それが【西面 第2尾根】。ウィンタークライマーズミーティングの記事では、「3ピッチと短いが快適なミックスクライミングでピークへ抜ける好ルート」と書かれている。条件にピッタリではないか!さらにネットで調べても記録は2つしか見当たらず、俄然興味が湧いてきた。目標は決まった。

 

次は登るため、いや無事帰るための準備だ。何せ冬壁どころか、まともな雪山にすらほとんど登ったことがないのだ。似たような登攀の記録を読み漁り、自分が追い詰められそうな状況を思いつく限り想定し、その対処法を練っては、子供が寝静まった時間に夜な夜なシミュレーション。思いつく限りのトレーニングも行った。初めての場所や初めての事をやるときには、この想定をどこまで深められるかが大事なポイントだ。

f:id:himoyaro:20221017034740j:imageすでに春めいた九州の岩場でドラツートレーニン

天候や雪崩についての不安は最後までぬぐえなかったが、天気予報と過去の記録を見比べては中止のタイミングを何度も想像した。もし想像と違う状況がでてきたなら、その時は潔く撤退しよう。なんせこちらは素人なのだ。笑われても生きていればよい

 

装備は不安をぬぐうため、持ちすぎとは思いつつもありとあらゆるプロテクションを動員。そのせいで、たった一泊の行程で30kgオーバーの重装備になってしまった。さすがにやりすぎかと、ハーケンを2枚減らす。(笑)まぁアプローチは短いし、歩荷と思って頑張ろう。

当日、心配した天候は高気圧に覆われ、この上ないコンディション。冬壁というにはあまりに穏やかすぎるのが少し気になるが、まぁそれも初めてなので良しとする。

 

 

前日仕事終わりから夜通し車を走らせ、8日昼過ぎに千畳敷に到着。すぐに宝剣山荘へ歩荷して山荘裏にこっそりとテントを張らせてもらう。そのまま取り付きのB沢下降点を確認。ノーロープでも行けそうだったが、そこは素人2人。念のため、ロープを使って下降することにし、手順を確認してテントへ戻る。のんびりと夕日を眺め、飯を食い、明日へ備える。天気は申し分ない。中止の理由は見当たらない。

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2日目も快晴。それでも早朝の西壁はそれなりに強い風が吹いていた。前日打ち合わせた通りにB沢を下降し、取り付きを探す。しかし、写真で見た取り付きが見つからず、右往左往した。やむをえず、側壁のガリーから登攀を開始した。

 

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壁の状況は快適そのもの。雪は少なめなでドラツーなセクションが多かったが、カムはがっちり効く。ところどころ難しいところもあったが、恐怖感は無かった。予想通りというか、持ってきたプロテクションの大半は重りと化していた。

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2ピッチ目の短いが美しいフィンガークラックは一回だけフリートライしてみたが、難しかったので、アブミで突破。

 

3ピッチ目は爽快なナイフリッジから無事に宝剣岳のピークへ抜けた。山頂からの景色は遠く北アルプスまで見渡せ「素晴らしい」の一言だった。

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前評判通り、短いがミックス壁のエッセンスが散りばめられた楽しいルートだった。ピークへ着くころには風もなくなり、快適そのもの。今回はコンディションが良すぎて、これを冬季登攀と呼ぶのは躊躇われる。

 

しかしながら、準備段階から登攀開始までの様々な不安を乗り越えて、壁に取り付けたことで、一つ大きな壁を超えられたように思う。好天はそのご褒美ということで許していただきたい。

 

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帰り際に帝釈峡に立ち寄る。雪から岩へ!

 

 

市房山山ノ口谷 遡行

市房山 山ノ口谷 遡行 2021年7月30日

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境谷の遡行を終えた後、カメラマンでスーパークライマーのYさんと合流し、続いて向かったのは、滝の数では九州随一とも言われる山の口谷。一ツ瀬川から市房山の山頂へ突き上げる傾斜の強い谷である。

 

一つ瀬川の右岸に渡り、民家の奥へ伸びる未舗装の林道を少し入ると山の口谷の入り口だ。林道脇に車を止め、谷へ降りる。

序盤は昨年の豪雨の影響なのか荒れており、倒木がうるさい。右へ左へと交わしながら無心に足を進める。思いの外長いガレ場にうんざりしていたその時、倒木の上から黒っぽい何かが、こちらを見下ろしていることに気がつく。良く見ると、優しい目と小さな尻尾が特徴的な何とも可愛いらしい犬ではないか!

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首輪をしているで、飼い犬のようだ。この辺りを一人で散歩しているのだろうか?

お邪魔しますと声をかけてそっと通り過ぎる。しばらくついて来ていたが、いつのまにか姿が見えなくなった。

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さて、谷の荒れ具合はようやく落ち着いてきて、徐々に傾斜が強くなってくる。
程なく10mほどの滝が現れたと思えば、そこからは怒涛のように滝が連続する。連続というより、連なった一連の滝と言った感じだ。傾斜もホールドと程よくあり、どれも気持ち良く水線際を登っていける。

 

急流とも滝とも言えそうな区間をしばらく進むと、谷は開け、眼前に100mはあろうかと言う巨大な滝が姿を表す。百間大滝だ。大きさも形状も素晴らしい。今日は登る装備も時間も無いが、しばらく観察して登攀ラインを探る。水量次第では何とかなりそうだ。いずれ、この滝だけを目的に来てみよう!

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ラインに目星をつけ、高巻くために右岸を観察する。すると、なんとそこに先ほどの黒犬がいるではないか!しかもついて来いといった素振りを見せ、我々に巻道を教えてくれたのだから驚いた。勝手に「山ノ口号」と命名し、ついていく。高巻き途中に見失ってしまったが、見事に大滝の上へ到達した。

 

大滝の上も滝は続く。いくつ目の滝か覚えていないが、15mほどの滝を登ろうとザイルの準備をしていたら、なんと山ノ口号が三度現れたのだ。もう中腹を超えた辺りだと言うのに!

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ザイルを結んでいる我々の後ろでカメラマンのYさんが、滝をバックに山ノ口号を撮影している。何ともシュールな状況に思わず笑ってしまった。

 

この滝を最後に彼はどこかへ行ってしまった。どうやら彼の散歩はここまでのようだ。

この後も我々は巻いたり登ったりしながらいくつもの滝を超えでいく。40mほどの大滝を2ピッチで登り終えると、徐々に谷は終盤の雰囲気がでてくる。

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ガレてきた現頭部は支流が入り組んでおり、少々複雑だった。まだ少し水は流れているが、さほど見どころも無さそうな雰囲気がでてきたところで、右の尾根へと登りあがり、一気に市房山山頂を目指す。

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山頂直下はこちらも草原となる。境谷のそれとは少し雰囲気が違うが、こちらも負けずに美しい。そこからひと登りで縦走路にでて、山頂へと至る。山頂の草原では鹿が美味しそうに草を食んでいる。まさに楽園と言った感じだ。

しばらく景色を楽しんで、快適な登山道から五合目登山口へと下山した。

 

 

PS.下山後、車を回収しに、入渓地点へ向かうと、入渓地手前の民家の入り口から見覚えのある犬がこちらに向かってくるではないか!
山ノ口号!君はここに住んでいたんだね!我々の帰りを待っていた訳では無いだろが、なんだか嬉しい。谷も素晴らしいかったが、今回の主役は完全に山ノ口号であった。

また、会いにくるね!

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そしてこの遡行を共にしてくれた素晴らしい2人の仲間には大感謝!
ありがとうございました!

 

※境谷でカメラのメモリがいっぱいになってしまい、以下の写真は2人が撮ってくれたものです。

素敵な写真をたくさん撮っていただき、本当にありがとうございます!